「鳥羽屋」小篠 敏之さん
嘉永2年(1849年)以来、邦楽器絃の製造卸売業一筋に歩み、雅楽の絃を製造されている唯一の存在です。
国の無形文化財選定保存技術保持者の株式会社鳥羽屋代表取締役社長 小篠敏之さんにお話を伺いました。(なお、表記上、鳥羽屋では弦楽器の「げん」は糸へんの「絃」を使用しております。)
長い歴史を歩まれておりますが、略歴を教えていただけますか?
鳥羽屋の創業は1655年です。初代の小篠長兵衛が京都伏見下鳥羽の地で染物業を営んだのが始まりで、以後、五代目までこの事業は継承されます。1849年に六代目小篠長兵衛が京都市上京区西洞院下立売下ルの地で楽器の絃の製造をはじめ、1855年、七代目小篠長兵衛(従七位、勲七等瑞宝章)が屋号を「鳥羽屋」にしました。1919年、八代目小篠長兵衛が現在の地に工場を併設。1949年私の父にあたる洋之が九代目小篠長兵衛を継承し、1959年に現在地の工場を改築。1979年に国の無形文化財選定保存技術保持者に認定されています。1981年に株式会社鳥羽屋を設立。現社長の私は10代目となります。2015年に邦楽器糸製作 選定保存技術保持者に選定されています。
‘絃の製造’とはどういったお仕事なのでしょうか?
鳥羽屋では、三味線、箏、琵琶、沖縄三線、中国の伝統楽器七絃琴など、楽器ごとに異なる絃、これらすべての絃を製造しています。絹糸(生糸)から種類に応じた楽器にかける絃をつくることを言います。
鳥羽屋では国内の弦楽器で作れないものはありません。中国や台湾など海外楽器における絃の依頼もあります。また、近年では化学繊維の絃や、カラフルな色の絃も需要があり、ニーズに合わせて対応しております。
絃製造は全国でもわずか6軒、京都では唯一だと伺いました。その理由は何だと思われますか?
戦前は京都でも知っている限りでも10軒はあったと聞いています。
大きな要因は、時代の変化とともに全国的な邦楽離れ、それに伴い演奏家が高齢化していることだと思います。
最近では学校教育の現場でも、なんとか邦楽ばなれを食い止めようと、取り入れておられる学校があると聞きます。しかし、邦楽といっても弦楽器だけでなく、太鼓などの打楽器、笛など様々あります。弦楽器は経験がなければ指導も容易ではないため、邦楽の絃楽器に触れる機会が減っています。
絃で使用される糸は、西陣織と同じ絹糸ということですよね?
はい。西陣織と同じ絹糸です。ただし、絃で使用する場合は、精錬(ニカワ質を落とす)をしません。
そこが大きな違いです。同じ西陣の地で同じ絹糸ですが、着物や帯の糸は柔らかく、絃は固い。触った感じも全く違います。
絃製造の工程はどういった流れなのでしょう?
生糸を木枠に巻き、半日ほど水に浸します。
そして一定の太さと重さ、弾力性を持たすために撚りをかけます。撚りのかけ方も絃の種類によって異なります。種類に応じて糸の太さや本数が異なるので、それぞれに応じた本数を職人二人掛かりで息を合わせて作業します。
水に浸し終えたら、濡れた状態のままの生糸を、反時計回りに撚りを掛けます。これを下撚りと言います。糸から水分が出てきます。次に糸をまとめ、先程とは逆方向(時計回り)に撚りを掛けます。これが上撚りです。その後、これらの糸を半日ほど乾燥させます。
この時人の手でしっかりと伸ばすことによって、絃に弾力性を与えます。
「糸の結びがほどけることはあっても、切れることはありません。安心してひっぱってください。」
(インタビュアーも体験させていただきましたが、予想以上に力のいる作業で、糸が切れそうな恐怖と、糸が指に食い込んできました。)
最初のうちは糸が指に食い込み、指が切れてしまうこともあるほどです。
切れたところにまた糸が入って・・・なんていうこともあるくらいです。自然に手の皮も分厚くなってるものです。
乾燥を終えた絹糸は、木枠に巻かれ、琴の場合は基本の色である黄色に染色された後、お餅と一緒に煮ることで糊のコーティングをするのです。そして最後に、絹糸を一定の長さに切断し、包装して、ようやく絃の完成となります。
特殊な道具や知恵がたくさんありますね?
西陣織でも糸巻(木枠)が使われますね。ですが、水でぬらしてもよいよう濡らす木枠はヒノキでできていたりと、工夫があります。ツゲでできた糸をより分ける道具も、私たちは「サル」と呼んでいますが、これもこの業界ならではかもしれません。
「絃」の業界を支えてこられていると思います。今、感じられている課題はありますか?
原材料となるニカワ質の多い国産の生糸が減っています。かつては日本の産業の花形だった製糸業者も高齢化で減っており、さらには蚕の種類や生産量も減っているという現状があります。
というのも、琴に関して言えば今や9割くらいが化学繊維の絃が使用されています。楽器自身も長く、絃の本数が多いこと、張り替えはプロに依頼しなければできないことなどが要因かと思われます。大きいため運搬も難しいです。一方で三味線は絃が3本で長さは琴に比べると短く、ご自身で張り替えることもできます。さらには運搬も比較的容易なので絹糸の絃を求めていただく方がまだ多いです。
決してその傾向が悪いのではなく、仮に現在琴を演奏されている方がみなさん絹糸を求められたら需要と供給が追い付かず、難しいという現状もあるのです。難しいバランスです。
今の需要と原材料のバランスを保ちつつ、大学などの研究機関とも力を合わせ新素材の開発、蚕の研究も視野にいれています。
時代の流れもある中、鳥羽屋の信念は何ですか?
鳥羽屋のこだわりは、やはり国産の絹糸(シルク)を使用していることです。
楽器弦には撥(ばち)にも耐えうる強靭さが必要なため、ニカワ質を多く含んだ滋賀県産の生糸を使用しています。原料である絹糸は全く同じではなく、それぞれ微妙に糸の太さが異なります。糸の太さ、強度といった品質を一定に維持しなければなりません。私どもは楽器に絃をかけるところまではしませんが、その先ことを考え、誇りをもって絃を製造しております。
絹糸は楽器にやさしい素材であると演奏家の方からも言われたことがあり、とても嬉しく思います。
沖縄の三線、お琴など様々な楽器の絃を製造しておりますが、雅楽の絃の製造をしているところは弊社のみということもあり、演奏家の方から必要としていただいております。雅楽や絃楽器といえば日本オリジナルのものだと思われがちですが、実は別名大和琴とも呼ばれる雅楽に使われる和琴(わごん)は、他のほとんどの絃楽器が大陸からの伝来を起源としているのに対して、唯一の日本を起源とする楽器です。古墳時代の埴輪には和琴を演奏する人を形作ったものも出土しています。ありがたいことにそういった雅楽の絃楽器の絃の製造元として国の重要無形文化財の選定保存技術保持者に指定いただいております。原料が手に入る限り、続けていきたい、そう思っています。
動画(絃製造の様子)
(インタビュアー be京都岡元麻有)
詳細情報
企業名・団体名 | 株式会社鳥羽屋 |
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公式サイト | http://www.tobaya.co.jp/ |